南海放送50年史
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秒、内容を50秒にまとめて1項目とする。ニュースが2項目の場合は、フィルムの終わりの右肩に丸いパンチを二つ打ってタイトルにチェンジする。初期のテレビニュースには「鹿野川ダム完成」、「愛媛県議会二人議長問題」、「細木運河の開通」(宇和島市三浦半島)など貴重な記録映像が少なくない。16ミリモノクロームフィルムの時代である。撮影機はアメリカのベルハウエル社のネジ巻き式カメラ70DRをどうにか2台入手した。民放地方局が各地で開局してカメラの注文が殺到したためである。しかし、2台ではとても足りないので、フランスのパテェ社の16ミリ撮影機を買ったが、ファインダーが暗くてカメラマンが敬遠した。DRは10ミリ、25ミリ、50ミリ(75ミリ)の3本のレンズが付いている。フィルム1缶の長さは100フィート、2分40秒である。ネジをいっぱいに巻き上げると35秒~40秒くらい撮影できた。撮影済みフィルムは木枠に巻いて現像液に浸け、定着させる。「枠現」と呼ばれた。編集は和鋏でフィルムを切り、スプライザーでつなぐ。定時ニュースでのローカル差し替え(とびのり)の他に、毎週日曜日22時15分~同22時30分には『南海週間テレニュース』が放送された。1週間のニュースダイジェストである。1959(昭和34)年2月には、放送時間が視聴者の多い21時45分からに繰りあげられた。これらのニュース報道番組の素材と原稿は、松前町の本社建物と背中合わせになっていた元日本郵便逓送の木造平屋の建物の中で仕上げられる。放送時間がせまると城山のテレビ局舎に報道課員がフィルムと原稿を持ってかけ上がった。初期のテレビニュースには、ラジオの録音構成の手法を生かしたミニ・ドキュメンタリーも企画された。知的障害児の施設、八幡浜学園が高知県十和村にひらいたコロニーのルポルタージュなど。日本テレビ系列10社が制作参加したテレメンタリー『水産日本』(1959年8月28日放送)では、大内信也報36第1章 草創期の南海放送70DRカメラPATHE WEBO16カメラ

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