南海放送50年史
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になっても仕事が終わらなかった。開局初日から始まった連続ドラマ『まぼろしの水軍』は正平年間、瀬戸内海を舞台に南北朝の水軍が激しい戦いをくりひろげていた時代の物語である。神出鬼没の海賊どくろ船の龍大五郎に恐れおののく島民、混乱に乗じて私腹をこやす悪代官、そのころ美しい姫君を乗せてどこからともなく現れ、弱い人々を助けるなぞの船があった…という筋立て。藤姫、多聞丸という役を結成されたばかりの南海放送劇団員が演じた。最盛期の劇団員は40人を数えた。声の芝居は初めてという劇団員のために、光田編成局長が小山内薫の作劇術を論じ、小倉博が発声法を指導した。ラジオドラマ作りは制作能力を超えた無謀としか言えないほどのものであったが、開局3か月後には「RNBドラマホール」と題する45分のドラマ番組枠をもうけている。その第1回放送『幻を撃つ』は、のちに『海は甦える』ほか社会派のテレビドラマ作家として知られる長野生氏の脚本による。ほかに若き日の天野祐吉(広告評論、コラムニスト、松山市立子規記念博物館館長)、安西徹雄(上智大学教授)などがシナリオ作家兼俳優として活躍し、本庄住男、池内央らが演出した。天野祐吉氏は往時を振り返り「番組制作現場の熱気は明治維新のころもかくやと思うほどだった」と語っている。「聞かせるラジオから聞くラジオへ」民放草創期のスローガンは親しみやすい番組で、これまでNHKに独占されていたダイヤルを民放に切り替えさせることだった。その初期の放送活動で「ラジオ南海の公開録音」が果たした役割は、聴取者との結びつきを深めるだけでなくスポンサー開拓の上でも大きかった。日曜日正午からは、NHKの人気番組『のど自慢素人演芸会』に対抗して公開録音番組『歌のコンテスト』(30分)を編成した。スポンサーは愛媛県農協三連(指導連〔のちの中央会〕、人気を呼んだ公開録音17第1節「ラジオ南海」の誕生天野祐吉氏作の台本公開録音

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