南海放送50年史
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5.18テレビ 西日本11社共同制作『海に生きる人々』放送5.28初のラジオびっくりBOX企画(ラジオ聴取率調査連動)スタート6.17図書資料業務コンピュータ化6.17NNN雲仙・普賢岳応援取材(NIB応援)6.20NNN雲仙・普賢岳応援取材(前線本部応援)7.31畦地梅太郎卒寿記念全版画集 刊行8.24テレビ『中四国’9121世紀へ、この豊かな海を!!』8.29ラジオ録音風物詩『ギター片手に山頭火』火曜会番組コンクール最優秀賞受賞10.1本町会館リニューアル11.9テレビ RNB・STV共同制作『北へ南へいま翼の虹がかかる』12.23南極取材班 松山空港出発(大塚、田中)12.26多局化対策委員会「2000年に向かっての経営ビジョン」を答申1.2南極取材班 南極点に立つ(パトリオットヒルズ時間で元日)1.13南極取材班 南極の最高峰ビンソンマシーフ(5,140m)登頂達成2.19サンパーク美術館 建設省、省エネルギー賞大臣賞受賞3.5創立40周年記念・ラジオ公開番組『南極ラジオ子供相談室』4.1ラジオ点字番組表発行4.15創立40周年記念「南極特別展」4.19創立40周年記念テレビ『美しい地球は誰のもの』(毛利衛)5.31創立40周年記念・ラジオ『平成オランダおいね考』放送6.14創立40周年記念特番・テレビ『生まれたままの地球~南極最高峰に登る~』全国27局ネット55分番組7.26ラジオ・テレビで参院選特番7.27ラジオ・テレビで『バルセロナオリンピック中継』8.2創立40周年記念・ラジオ終戦特集ドキュメント『昭和20年7月26日』(松山空襲の記録)放送8.28創立40周年記念 第1回瀬戸内少年野球選手権大会 開催6.3長崎県雲仙・普賢岳の大規模火砕流 取材中の民放スタッフ8人を含む報道関係者14人が死亡7.3伊予テレビ 創立総会(正式発足)、社長に三浦保氏7.3全国FM放送協議会 ネットワークの呼称「JFN」に7.22東京放送 正式社名を「TBS」に10.1愛媛CATV開局(県内7番目)10.25WOWOWとセント・ギガBS-3bの第5チャンネルに10.26放送番組センター 横浜市で日本初の公共的番組ライブラリー業務開始2.13日本新聞協会 皇太子妃候補の報道を一定期間差し控え申し合わせ2.27宇宙通信(SCC)のスーパーバードBが打上げ3.15TBS・QR・LF・ANB・MBSの5社でAMステレオ放送始まる6.1NHK、民放、音楽著作権協会など15団体「放送番組著作権保護協会」を設置6.4伊予テレビ 番組はTBSに一本化7.1北方領土のビザなし取材週間始まる(民放6社参加)7.25バルセロナ五輪開幕 民放取材団を派遣8.26日本衛星放送(WOWOW)加入契約数100万件突破と発表10.1県内3局目の民放「伊予テレビ」が本放送開始4.1牛肉・オレンジの輸入自由化スタート4.21松山市長に田中誠一、八幡浜は吉見弘晏が初当選4.24ペルシャ湾岸の機雷除去のため海上自衛隊掃海部隊の派遣を決定9.15普賢岳で大火砕流が連続発生 177棟焼く9.27台風19号 松山市と中島町に県が災害救助法を適用10.14ミャンマーのアウン・サン・スー・チー女史ノーベル平和賞12.1高知県知事に橋本大二郎当選12.8今尾ルートの6本目の橋・生口橋が開通12.26ソ連最高会議共和国会議がソ連邦消滅を宣言1.30四国横断・高知自動車道の川之江-大豊間 開通2.18アルベールビル冬季五輪スキーのノルディック複合団体で三ヶ田礼一ら3選手金メダル2.26来島大橋に鋼ケーソン設置3.8サメに襲われ潜水夫が行方不明(松山市堀江)3.14東京-新大阪を2時間半で結ぶ新型「のぞみ」が登場3.27青森県六ケ所村、国内初の民間ウラン濃縮工場本格操業4.19「救急救命士」の初の国家試験実施5.11北方領土への初のビザなし渡航となる北方四島北海道訪問団が出発5.13(米)スペースシャトルが漂流通信衛星の捕獲に成功7.11大三島町の台ダム 通水式7.14松山市の人口45万人を突破南  海  放  送放 送 業 界愛媛県及び国内外338資 料 編1992(平成4年)324資 料 編

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