南海放送50年史
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南海放送のネットワーク番組は地下埋設のNTTコミュニケーションズの光ファイバーで道後樋又の本社テレビ主調整室へ入る。放送番組はここでCM・ニュース報道・自社制作番組などの自主編成プログラムに一部差し替えられ、マイクロ波で松山城長者ヶ平の鉄塔から、アナログテレビ電波となって発射されている。道後樋又の本社からデジタル電波を放送する場合は、長者ヶ平の鉄塔経由で行道山のアンテナへマイクロ波を送る2段構えとなる。しかし、長者ヶ平の鉄塔はデジタル送受信用のマイクロ波用パラボラアンテナを取り付ける強度がないと判断された。放送技術本部は、行道山親局および東南予中継局へ番組を送るマイクロルートなどの技術面および設備投資面について総合的に検討した。その結果、本町会館をアナログ・デジタル両用の主調整室、送受信設備をもつ新しい放送センターとして活用すること、また本町会館の屋上に鉄塔を建設し、マイクロ波で行道山テレビ塔に放送電波を送るとともに、東南予中継局への送受信基地とする案を提案した。デジタル戦略会議はこれを検討、常務会も本町会館への放送センター移転を了承した。常務会はまた、新放送センターに番組編成・営業、ニュース報道・番組制作、総務管理の本社機能を移転することとし、ラジオ部門も段階的に本町会館の新放送センターに移す方針を決定した。巨額の設備投資を必要とするテレビのデジタル転換を前に、施設営業の見直しは避けて通れなくなっていた。1976(昭和51)年10月の開業以来“文化の広場”として運営された本町会館は、2005(平成17)年3月をもって業務を終了し、西堀端本町通りの地の利を生かし、地域の視聴者、広告主と交流する“放送の広場”としてお目見えすることになった。本町会館を新放送センターに276第7章 地上波デジタル時代へ

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