南海放送50年史
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告投下効果を基本として配分する」ことを目的として「新料金指数による配分方式」が導入された。更に、1999(平成11)年には、「番組毎の収入により電波料を指数配分する」ことを基本に日本テレビ系列で新料金体系がスタートした。これまでのようなネットワーク維持のための系列各局への政策的な配分金をとりやめ、番組毎の販売実績に応じてネットワーク配分金を決定する変動相場制へと大きく様変わりした。こうした経営環境の中で、わが社は営業、番組制作、事業活動、管理体制など様々な面で改革をすすめ、「選択と集中」を経営面の重点目標として大きく舵をきった。南海放送ラジオは2003(平成15)年10月1日、放送50周年を迎えた。メディア多様化の時代を迎えて、AMラジオには厳しい時代が続いているが、熟年リスナーがラジオへ帰ってくるなど活路もみえてきた。ラジオは今、もう一度地域に根ざした「ピープル・ラジオ」としてのありかたを見直すことで、新しい時代への展望を拓くことになった。第64期(1994年10月1日~1995年9月30日)のわが社ラジオ営業収入は11億3,000万円に達した。第65期には11億6,900万円、第66期には12億2,900万円、ラジオ収入としては新記録をあげたが、イベント企画によるセールスプロモーション費でかさ上げする傾向が影響して番組制作原価が50%前後まで上昇、部門別収支を悪化させた。1992(平成4)年12月には伊予テレビ(現あいテレビ)、1995(平成7)年4月には愛媛朝日テレビが開局し、愛媛地区は一挙に民放4局競合となって、広告費をめぐるシェア争いは激しさをくわえた。その上、バブルの崩壊による広告費削減の影響はラジオに大きくあらわれ、媒体力の強化、収支構造の改善はもはや先ラジオ・テレビ営業体制の統合239第2節 経営改革への取り組み

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