南海放送50年史
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化とは何かを考えた。第6回「西瀬戸新時代がやってくる」は尾道-今治を結ぶ瀬戸内海大橋の建設工事進捗状況を広島側からは中国放送、愛媛側からは南海放送がそれぞれ多元中継でリポートし、本四架橋により中四国、九州の西瀬戸経済圏にどのような未来がひらかれるか、その夢を視聴者とともに楽しんだ。『RNB-TVワールド』は短期のシリーズに終わったが、激動の90年代に生まれた異色の大型報道番組として記憶しておきたい。1989(平成元年)3月、報道制作本部の新設をはじめとする組織改革と人事異動が発令された。報道制作本部は報道情報センター、取材・制作・映像・放送の4部を統括、情報発信基地としての機能を強化する。本部長には常務取締役土居俊夫が就任、3副本部長がこれを補佐する。新たに3人の部長が抜擢された。報道制作本部では緊急の課題に迫られていた。夕方5時半からはじまる『なんかいNEWS530』の強化である。「どこよりも早く、グーッとワイドなニュース」…1986(昭和61)年9月にスタートした60分のローカルワイドニュース『なんかいNEWS530』は、すでに2年半にわたり報道制作局が全力で取り組んできた。しかし、視聴率的には予想外ともいえる苦戦が続いていた。前年秋には、ニューススタジオと報道制作フロアが一体となった床面積515平方メートルの斬新な新館が完成した。経営トップ自らが情報化時代の地方局像を描き、満を持して夕方5時半からのニュース・生活情報番組を編成したものであったが、新しい時間帯の開拓に必要な起爆力が不足した。しかも5時台の不振は、ニュースの主戦場である6時台の視聴率を大きく下げる結果となった。土居本部長は「ニュースの語り手は、地域の人びとと南海報道制作本部の新設視聴者との対話重視180第4章 ローカルワイドの時代『西瀬戸新時代がやってくる』のスタジオ(南海放送)

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