南海放送50年史
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①経営体制の強化、②報道機能の充実、③ニューメディア対策、④販売促進活動の強化-などを挙げている。実用衛星時代の幕開けを迎えて、ローカル民放経営の先行きに不安の雲が広がった。「新しい変化の兆候を見極めながら、大勇断をもって番組改編を行いたい」。1984(昭和59)年の新年祝賀式における門田社長の決意表明である。この年11月、日本電信電話公社はキャプテンシステムの運用を開始し、従来と異なる新しい情報伝達媒体“ニューメディア”として注目を集めた。放送系では文字多重・音声多重放送のほか多数のチャンネルが視聴可能な都市型ケーブルテレビが出現した。通信系では高度情報通信システム(INS)、パッケージ系ではコンパクトディスク(CD)やレーザーディスク(LD)などが市場にあらわれた。将来ニューメディア関連産業は100兆円にも成長すると予測された。ニューメディア・フィーバーが巻き起こった。経済成長の減速、民放多局化、ニューメディアの登場はとりわけ地方局の経営者に強い危機感を抱かせた。経営トップの決意表明をうけて、この年のわが社の4月番組新編成は文字通り思い切った番組変更が断行された。1968(昭和43)年7月以来、16年近く放送してきた日曜日朝のローカルワイド『なんかいサンデー9』を終了させ、替わってテレビの不毛地帯とされてきた午後4時台に、生活情報番組『情報センター ザ・スケッチ』(月曜日~金曜日・55分ベルト番組)を新設した。番組タイトルの「スケッチ」とは、Sport、Kitchen、Education、Travel、Culture、Healthの6つの頭文字を組み合わせたものである。新しい地域生活情報番組として大きな期待を担ってのスタートであった。新番組にそなえて報道制作局の機構改革が行われた。報道情報センターが新設され、『ザ・スケッチ』の企画・編集・送生活情報番組『ザ・スケッチ』147第1節 ニュースと生活情報の融合『情報センター ザ・スケッチ』の初代スタジオ

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