南海放送50年史
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者の関心を集めた。夕刻からはテルスターホール、スカーレットホールを会場に記念パーティが催され、鯛の活きづくりなど瀬戸内の郷土料理の数々、木の実ナナの歌や郷土芸能を楽しんでいただいた。翌日は、大三島-尾道、宇和島-足摺、室戸-阿南海岸、琴平-屋島の4コースに分かれての視察旅行となり、大会行事は盛会のうちに終了した。松山での第26回民放全国大会は、地元社である南海放送と愛媛放送が幹事社をつとめたが、大会の準備・運営のほとんどは先発局であるわが社に任された。このため、早くから総務局を中心とする全社挙げての体制をとり、創立25周年記念行事の一環として準備に取り組んだ。番組制作では多数の作品が連盟賞を受賞したほか、大会運営もスムーズにはこんだ。民放連、他社からもお褒めの言葉が多数よせられた。『わが兄はホトトギス』は、俳句革新に短い一生を燃焼しつくした正岡子規の青春期とその終焉を、テレビドラマの表現形式で描いた作品である。テレビドラマ化の企画は、創立25周年記念番組制作のために、毎週火曜日の朝ひらかれていた報道制作局長松崎茂和を中心とする勉強会で生まれた。脚本を依頼した早坂暁氏からは、上野根岸の子規庵を尋ねた俳優岸田森が、子規に感応して変身するところから物語がはじまるというユニークなシナリオが届いた。子規に岸田森、妹律に佐藤オリエ、母八重には夏川静枝、新聞「日本」を創刊し、病『わが兄はホトトギス』芸術祭優秀賞を受賞118第3章 総合文化産業への出発アトラクションの郷土芸能『わが兄はホトトギス』のスタッフ左から 森巌監督、カメラ:椎塚彰、妹律(佐藤オリエ)、子規(岸田森)

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