南海放送50年史
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『なんかいワイドニュースtoday』の制作に大きな役割を果たしたのが、ENG(ElectronicNewsGathering)である。1975(昭和50)年、日本テレビが東芝との共同開発で沖縄海洋博の取材用に従来のテレビカメラの撮像管を小型化し、映像をビデオコーダーにつないだ。フィルム現像の手間が省けて速報性にすぐれている上に、鮮明な映像と音声を4分の3インチのビデオカセット1本で20分間とることができた。これをFPU(マイクロウエーブ送信機)に接続すれば現場からの中継が可能になる。1975(昭和50)年9月、昭和天皇・皇后両陛下初のご訪米取材の際、アメリカから逆輸入のかたちで採用され、民放各局が本格的に導入するようになった。のちにはシステムが電子化される。スタート時の『today』では2式のENGがフルに走りまわった。プランビコン方式のNEC製であったが、ENGの機能は従来のニュース報道を質量ともに大きく転換させるものとなった。『なんかいワイドニュースtoday』の第1日には、地域医療を理念とする愛媛大学医学部付属病院の開業、松山市内で抗争を続けていた暴力団組長の逮捕などがあった。クロージング・コーナーには俳人中矢荻風氏の詠嘆調の語りと季節感れる映像を組み合わせた「きょうの歳時記」があり、のちに番組名物と評判になるほど好評だった。新しいローカルニュースへの挑戦は青森放送の『RABニュースレーダー』(1970年)にはじまる。四国放送の『おはようとくしま』(1971年)がこれに続く。それらはテレENGカメラの導入108第3章 総合文化産業への出発第1次導入のENGカメラENGカメラで取材

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