南海放送50年史
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道課長の企画提案がとおり、宇和海に浮かぶ御五神島の開拓地の現状をとりあげた。この島の開拓の歴史には、1949(昭和24)年6月21日に襲来したデラ台風が、宇和海に出漁していた日振島などのイワシ巻き網漁船を暴風雨に巻き込み、211人が犠牲となるという大惨事が背景にあった。台風で漁船を失った日振島の漁民のために、御五神島で国営開拓事業が行われることになり、それまでほとんど無人島だった御五神島に30戸、80人が入植した。急傾斜地に畠をひらき、ブリ、イカ釣り漁で生計を立てていたが、市場も遠く離島する人が続いた。浜森蔵さん一家の暮らしを中心に構成したルポルタージュは、テレビの全国ネットに初めて参加した番組となった。ところで、1959(昭和34)年4月10日の皇太子さまご成婚パレードの中継は、テレビ受像機の急激な普及を促したことで、日本のテレビ史上画期的な出来事となった。皇太子明仁殿下(現天皇)と正田美智子さん(現皇后)のご結婚は、皇居賢所大前の儀と、皇居から東宮仮御所まで(8.9キロ)のパレードを切れ目なく中継した。パレードは民間放送が日本テレビと開局したばかりのフジテレビで1系統、ラジオ東京テレビと開局したばかりの日本教育テレビで1系統、それにNHKが1系統の3系統で中継した。カメラ100台、放送要員1,000人という空前の中継体制であった。ご成婚パレードは電通の推定によれば、全国で1,500万人に視聴された。NHKの受信契約数は1958(昭和33)年5月の100万件から1年もたたぬうちにご成婚の1週間前の4月3日には2倍の200万件を突破している。テレビ受像機は冷蔵庫、洗濯機と合わせて「三種の神器」といわれ、ご成婚パレードを機に急速に普及していった。37第2節 テレビ開局ご成婚パレード(写真提供:日本テレビ)

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