南海放送50年史
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テージなどの施設を一括評価損処理する会計処理を行った。このため、同期の決算では多額の特別損失が計上され、約9億9千万円の赤字決算となった。さらに2003年12月末までに本館などの施設の取り壊しを行ったため、減価償却費のほか固定資産税、事業税その他管理費など固定費が大幅な経費節減となり、収支構造、キャッシュフローの改善が一気に進んだ。創業期を除く赤字決算はこれが初めてではない。2期前の第70期にも行われた。この時は会計制度の変更にともない、適格企業年金の積み立て不足に対して引当金が義務付けられたため必要額を計上した。このため、72期の期末決算は約8億3,500万円の赤字となった。“放送ビッグバン”を目前にして、経営改革への決断であった。2003(平成15)年12月1日、東京、大阪、名古屋の大都市圏で地上波デジタル放送が開始され、同時に、バブル経済崩壊後、長期的に停滞していた景気がようやく上向いた。その一つのきっかけがデジタル家電のブームであった。新しい三種の神器といわれるデジタルカメラ、DVD、薄型テレビの売れ行きが好調で、なかでもデジタル放送に対応した大型プラズマテレビ、液晶テレビがブームを引っ張った。高度情報化だけでなく景気刺激のためにも地上波デジタル放送への期待が膨らんでいった。2006(平成18)年のローカル局のデジタル放送開始に向けて、民放業界が大きく動き始めた。同時に多額なデジタル投資が民放経営に大きな影響を与え、民放各局の統合、合併も含めた業界再編も視野に入れた動きが出てきた。ローカル民放は経済の高度成長と放送法による事業免許、マスメディア集中排除原則に支えられ、県域の独立企業として成長してきた。民放キー局や新聞社のローカル局支配を排除するために、民放同士の出資比率、役員の数などが放送法集中排除原則の緩和へ290第7章 地上波デジタル時代へ

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