南海放送50年史
270/358

太郎の文学世界」、第2部のシンポジウムは「『坂の上の雲』をどう伝えるか」と題して作家太田治子、愛媛大学教授大西貢、尾崎秀樹の三氏がパネリストとして登場し、司会を元文藝春秋社専務取締役で編集者時代から司馬氏と親交のあった作家半藤一利氏がつとめた。太田氏は太宰治の遺児である。みどり夫人との縁からはじまった司馬氏のやさしさを、大西氏は司馬文学ファンからスタートした秋山兄弟への関心を、また尾崎氏は同人雑誌「近代説話」時代からの交友を語り、半藤氏の巧みなリードで明治という世界史に類をみない変化を遂げた時代の人間像を語った。そして『坂の上の雲』の三人の主人公を生んだ松山の文化的風土、伝統に話を進めた。シンポジウム会場には秋山好古の孫にあたる秋山哲児氏がスペシャルゲストとして迎えられ、秋山家に語り継がれる家庭人好古のエピソードを披露していただき、さかんな拍手が送られた。「えひめ菜の花忌シンポジウム」は第5回まで続き、歴史小説と地域のありかたを論じたシンポジウムとして画期的な成功を収めた。それは松山市における『坂の上の雲』を軸とした21世紀のまちづくりにまで発展する。行事の模様は南海放送、愛媛放送が協力して録画作業を行い、それぞれが1時間25分の番組に編集し、特別番組として放送した。愛媛新聞は2面通しの特集記事としてシンポジウムの内容を詳しく紹介したが、本企画に対し伊予銀行、愛媛銀行などの地元企業10社の協賛が得られたこともメディア3社共催の成果として特記しておきたい。本四架橋3ルートの完成は、中四国民放地方局の制作活動に活気をもたらした。ブロックネット番組の誕生である。しまなみ海道の開通が迫った1997(平成9)年11月、広島テレビと南海放送の共同制作番組『21世紀潮騒スペシャル・わ『わが心の瀬戸内海物語』249第3節 文化遺産の継承

元のページ  ../index.html#270

このブックを見る