南海放送50年史
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局が合併して県域局として残るか、地方ごとにブロック化していくのかどちらかではないか。そのためには各局が徹底した経営リストラをやっていかなければならない」。テレビ放送が始まって45年。この年(1998年)の秋、イギリスとアメリカでは地上デジタル放送が開始された。放送産業が世界的に大きな転換期を迎える中で、大会に参加した土居社長は民放地方局にひしひしと迫る経営の危機を覚えずにはいられなかった。1997(平成9)年4月1日、消費税が5%に引き上げられた。消費動向への影響が懸念されたが、総選挙に勝利した橋本内閣は行政改革、金融制度改革、財政再建、経済構造改革などをふくむ「6大改革」を打ち出し、特に財政構造改革に積極的に取り組む姿勢をみせた。消費税率の2%アップ、特別減税の廃止、医療保険の負担増などである。この財政転換は戦後最大の景気後退と金融危機をもたらすことになった。この年11月、三洋証券、山一證券、北海道拓殖銀行が破綻した。バブルの崩壊で生まれた金融機関の巨大な不良債権が表面化し、消費マインドが急速に冷え込んだ。民間設備投資、住宅需要はともに10%以上も低落した。たちまち、「日本列島総不況」の悲鳴の声が上がった。わが社の放送事業は平成に入っても順調に推移し、バブル経済が崩壊した第61期(1991年10月~1992年9月)においても、テレビ・ラジオの放送収入は80億円台に到達した。すなわち、テレビ営業収入67億7,807万円(前期比103.4%)、ラジオ営業収入12億5,251万円(前期比100.5%)を記録した。しかし、景気低迷の長期化は明暗を一挙に反転させた。続く第62期のテレビ営業収入は61億8,719万円、伊予テレビ(現あいテレビ)の開局によるネット番組の移行などもあり、前期比91.3%、5億9,000万円という大幅な減収となった。テレビ、初の大幅減収232第6章 経営改革の時代

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