南海放送50年史
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2002(平成14)年4月からはBS日テレと同じ軌道の東経110度に打ち上げられた通信衛星サービス、プラットワンに切り替えられ、放送も順調に推移している。「日本の水産高校の練習船がハワイで米原子力潜水艦と衝突沈没、10人行方不明」えひめ丸衝突沈没事故の第一報は、NNNの衝撃的な速報スーパーで入ってきた。2001(平成13)年2月10日、3連休の初日、土曜日の午前10時50分過ぎだった。南海放送が初めて経験する海外での大事故であった。この日、午前8時45分(日本時間)、ハワイ・オアフ島の南約18キロの海上で、愛媛県立宇和島水産高校の実習船えひめ丸(499トン)に海中から急浮上したアメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンビル(6,080トン)が衝突した。えひめ丸はほとんど瞬時に沈没、実習生ら26人が救助されたが、生徒4人、指導教官2人、船員3人の計9人が行方不明となった。報道情報本部全員に緊急呼び出しが行われた。宇和島水産高校へ中継班の出動、愛媛県教育委員会での取材開始と同時に小倉健嗣記者、玉井克典カメラマンを現地に急派することを決定、2人は最短時間で着く広島空港からの直行便でハワイに飛んだ。小倉、玉井をホノルル空港で迎えたのは休暇で現地に滞在していた制作部員河野淳である。河野ディレクターは本社から事故発生の連絡をうけて、NNNロサンゼルス支局が手配した現地スタッフとともに取材を開始した。ハワイのラジオ局KZOOのエキモト・カオルさんの協力を得て、恐怖に青ざめた実習生や乗組員の表情が電話リポートで生々しく伝えられた。えひめ丸 米原潜と衝突沈没219第3節 あいつぐ自然災害傷跡が残る米原潜グリーンビル(写真提供:共同通信社)

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