南海放送50年史
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「こういったフィルムは、まだ掘り起こせばあるはずだ」、「番組を作りながら集めてみよう」。制作部会で、そんな話が出た。1988(昭和63)年1月のことであった。これがきっかけとなり、その年の5月から毎月1回、『ドキュメント愛媛の昭和史』を放送することになった。第1回は「鉄路の軌跡」(5月28日)であった。この年4月に瀬戸大橋が開通した。鉄道も本州とつながった。上りの特急しおかぜの運転手と車掌は、瀬戸大橋を渡った最初の駅、岡山県早島駅で交替、JR西日本の運転手らに引き継がれ列車は岡山まで走った。番組は、30年前に宇和島から集団就職列車に乗り宇高連絡船で本州へ渡った京都の西陣織職人など、さまざまな人たちの証言で愛媛県内の国鉄の歴史をひもといてゆく。国鉄松山駅は昭和2年に開業し、予讃線が宇和島まで開通したのは昭和20年の終戦直前のことであった。軍需品輸送が目的である。以降、第2回は松山市が昭和10年代に制作したフィルムが登場する「道後温泉」、第3回は宇和島空襲に焦点を当てた「戦争の語部たち」、第4回は戦場に散った野球選手などを紹介した「球児たちの青春」、第5回は全国にさきがけて実施された勤務評定問題を取り上げた「教育の選択」、第6回は地場産業のひとつ「海運造船の歴史」、第7回は愛媛の俳人の歴史をる「子規山脈の系譜」、第8回は輸入自由化に直面したミカン農家の動きを描いた「段々畑と星条旗」、第9回は昭和を生きた人々が語る「昭和と私」、第10回は戦後の愛媛の政界を検証した「保守政治の展開」、第11回は愛媛の製紙業の歴史を辿った「5,000億円への挑戦」、第12回は愛媛出身の映画人などを紹介した「舞台とスクリーンを飾った人々」。このシリーズの制作過程で貴重な資料映像が収集された。これらの映像はニュースなどでも折にふれて使用され、ライブラリーを厚くした。176第4章 ローカルワイドの時代『ドキュメント 愛媛の昭和史』タイトル開業当時の国鉄松山駅

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